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更新日:2017年7月20日

情報008:日本で初めて海を渡った茨城の猿島茶

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情報008日本で初めて海を渡った茨城の猿島茶

猿島茶

関東の名産地・茨城のお茶

茨城県は全国的に見て、非常に豊かな気候に恵まれた地域。北で採れる農産物の南限、南で採れる農産物の北限ともいわれています。例えば、暖かい地方でなければ育たないミカンと、寒い地方でしか育たないリンゴ。この2つの農産物を収穫できる県は、茨城県ぐらいだと言っても過言ではありません。

そして、ここで紹介するお茶も、経済的栽培地の北限と言われている農産物。茨城県内の代表的なお茶の生産地には、大子町を中心産地とした「奥久慈茶」、城里町を中心産地とした「古内茶」、坂東市、境町を中心産地とした「猿島茶」があります。その中でも『猿島茶』は、日本で初めて海外に輸出された、歴史に名を残すお茶なのです。

猿島茶は農民の知恵から生まれた

茨城県は農作物の栽培に適した気候条件を備えていますが、猿島茶の産地である猿島台地は土壌に恵まれていませんでした。関東ローム層の古い火山灰が蓄積した酸性度で、作物の育ちが悪い痩せた土地だったのです。また、雨が降るとぬかるみ、乾燥すると「空っ風」が土を吹き上げるという厳しい環境でもあります。

現在の茶畑の様子

現在の茶畑の様子

 

そこで農民たちが考えたのが、防風垣としてのお茶の栽培でした。お茶は痩せた土地でも良く育ち、干害にも強いという性質を持っています。農民たちは、このお茶の木を畑の境界に植え、土壌の侵食を防ぐと同時に風から作物を守りました。まさに、土に生きる農民の知恵から生まれたのが茨城の『猿島茶』なのです。

猿島茶の栽培が始められた時期は明確ではありませんが、1627年(寛永4年)時の関宿藩主小笠原氏により茶畑に検地が行われ、「さしま茶」が産業として認められ、生産量は年々増えていったようです。得意先は、現在の埼玉県、栃木県、群馬県、長野県など。取り引き自体は非常に広範囲にわたりますが、江戸でだけは売れませんでした。その理由は、品質が他の産地より低かったから。当時の猿島茶の製法は「日乾法」といって、お茶の名産地として名高い宇治などの製法とは異なっていたのです。

江戸でもブームとなった茨城の猿島茶

この『猿島茶』を改良・発展させたのが、猿島郡辺田村(現・坂東市辺田)に生まれた中山元成と、山崎村(現・境町)に生まれた野村佐平治でした。

坂東市に建つ中山元成の像

坂東市に建つ中山元成の像

 

彼らは天保の大飢饉(1832~1836年)にあえぐ農民たちを見て、その救済策として猿島茶の改良を始めたのです。

そこで行ったのが、茶製法の向上でした。元成は銘茶の産地である京都の宇治から製茶師・多田文平を呼び寄せ、茶の改良と「焙炉法」という製法を習得。そして、自分が学んだ知識と技術の普及に務めました。

また、野村佐平治は日本橋の茶商・山本嘉兵衛(後の株式会社山本山)から宇治茶の栽培とお茶の製法の手ほどきを受け、新しい猿島茶の製造に没頭。佐平治が作った猿島茶は江戸の茶商に高く評価され、「江戸の花」という商品名で人気を博したといわれています。

こうした人たちの努力により、ついに猿島茶は江戸という大きな市場を獲得。高い名声を得た茨城の猿島茶は、大量に江戸に運ばれるようになりました。江戸に近く、利根川を使った水運が栄えていた茨城の環境も、猿島茶の販売に貢献していたのかも知れません。

茨城の猿島茶が日本初の海外貿易に

4コマ・マンガ「ガマくんとローズくん」

そして、茨城のお茶が海外に輸出されるきっかけとなったのは、1853年(嘉永6年)、浦賀沖に来航した黒船です。アメリカのペリー提督は、大統領の親書をたずさえ強引に開国を迫りました。

そのとき折衝が行われた現場に居合わせたのが中山元成。彼は折衝の様子を見て、猿島茶を輸出することを思いつきました。時代は、日本が世界へと目を向けはじめた幕末。猿島茶に自信を持っていた元成が、江戸の次の市場として海外を選んでも不思議ではありません。

そしてその翌年、1854年(安政元年)に日米和親条約が結ばれると、さっそく猿島茶のPRを開始。当時、下田の玉泉寺に滞在していた総領事のハリスを訪れ、秘書のヒュースケンに猿島茶を紹介しています。

こうして元成がお茶の売り込みを行う中、ついに1858年(安政5年)、日米修好通商条約が締結。アメリカやヨーロッパの国々に横浜が開港されました。

元成は翌1859年(安政6年)、アメリカのポール商会に猿島茶の売り込み交渉を行い、見事成功。こうして、猿島茶は世界市場を手に入れたのです。茨城県で作られた猿島茶は海外でも非常に好評で、生糸と並んで外貨の獲得に大きな役割を果たしました。

 

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