■ フォルクスワーゲン ビートルの人気
上海でも最近V Wニュービートルを見かけることがある。ドイツV W社は中国・上海で1985年からサンタナを製造し、それ以降大きなモデルチェンジもなしに現在までロングセラーを邁進している。サンタナのほか、ジェッタ、パサート、ポロなども製造しているものの、ビートルタイプは作っていない。だから市内を走っているニュービートルは全て高価な輸入品である。ニュービートルはそのユニークな形状が可愛いいと、トレンディ派の若者を中心に人気が高い。上海では旧型ビートルを見かけることはなく、全てニュービートルである。色は赤、黄、ブルーの派手色ばかりで、白や紺のものは見かけたことがない。上海っ子にとってビートルは目立たなければ意味をなさないのだろう。また最近ではニュービートルのカブリオレタイプが輸入され、盛んに雑誌のCMなどで取り上げられている。このカブリオレタイプが市内を走るまでに、そう時間はかからないだろう。

上海大衆が投入したV Wニュービートル・カブリオレ
中国でのニュービートルの価格は38万元位(約5百万円)、カブリオレは44万元位(約6百万円)するので日本での価格に比べ50%くらい高い。さらに上海市では過密する交通に歯止めを掛けるべくナンバープレートの発行を限定しており、このナンバープレート取得に3万元(約41万円)ほどかかる。経済が伸びているといっても乗用車の取得はそう簡単なことではなく、それだけに「かっこいいクルマ」に対する憧れは日本などに比べ非常に強いものがある。ドイツでV Wは「国民の(volks)車両(wagen)」なのだが上海でのニュービートルはトレンディ派富裕層のステータス車両のひとつである。
■ パンチバギーゲームの流行
流行に敏感な上海らしく、ニュービートルが流行り出した2003年頃から、上海のファツション街である南京西路などの外国人が多い歓楽街の一部でビートル車を使った「パンチバギーゲーム(punch buggy game)」が流行り出している。buggyのbugとは虫のことで、つまり甲虫 = ビートルを指している。在上海の北米系外国人が主に仕掛けたゲームだが、トレンディ派のクルマ好き中国人がこのゲームに賛同したらしい。東京では六本木、赤坂界隈で1980年代に一時期マイナー流行したが、あまりに単純かつイージーなゲームなのですぐ飽きられてしまった。
■ パンチバギーゲームとは
このゲームは実に単純な遊びで、歩いている時や車に乗っている時にビートルを見かけたら、近くに居る家族や友達の腕を叩き「Punch Buggy, no punch-backs?」と言う。青色のビートルなら「Blue Punch Buggy…」、赤色なら「Red Punch Buggy…」と言う。これがパンチバギーのゲームである。一応ルールがあり、必ず「…no punch-backs?」と付け加えなければならない。2名が同時にパンチバギーを唱えたら引き分けとなり、もしビートルのカブリオレタイプを見たときは2度パンチできる。そしてビンテージのビートル・カブリオレなら3回パンチできる。これは場所ごとに違う色のビートルで勝負するのだが、エキストラ・ルールを当人同士でその状況に合わせて設定しても良い。

ビートルほど世界規模でマニアックな車は他にない
■ ゲームの由来
このパンチバギーゲームがいつ頃、どこで始まったのかはミステリーだが、一説によると、1950年代に米国の子供の間で、Ford, Buick, Chevyなどの同機種当てゲームが流行り、これがパンチバギーゲームのルーツだと言われる。また他の説によると1969年に世界中で大ヒットしたディズニー映画「The Love Bug」を観て、面白さのあまり隣席の友人の腕を叩いたことがパンチバギーゲームの起源だとも言われる。いずれにせよゲームは北米から欧州に飛び火し、世界のビートルファンに広まったらしく、もう30年以上も続いているゲームであることは確かである。当初、子供同士のゲームであったが、その時代の子供が今は大人になり、大人が街角でビートルを見つけるたび相手の腕を叩きゲームを楽しんでいる。また彼等の子供達がこれをマネし、このゲームは次世代に立派に引き継がれている。

ゲームの起源とされるディズニー映画
このパンチバギーゲームはV W社がビートル車の生産を中止し、ニュービートルを世界市場に投入させたとき大論議が浮上した。保守派の高齢層は、ニュービートルはパンチバギーゲームの対象にならないとし、旧型ビートルだけでのゲームを主張した。旧型は年々数が少なくなるのでゲーム性が白熱してなおさら面白いと言った意見や、独特のフラット4空冷エンジン音だからこそビートルが現れる前に勝負できると言った意見も出た。しかし世代が若返り、頭も柔軟になって今ではニュービートルもゲームの対象になっている。
ガールフレンドが彼女の男友達についてしゃべりまくり、聞いている自分がアン・ハッピーなとき、遠くにビートルを見たと言って彼女を突然叩くというブラックユーモアや、ビートルを見かけても回りに誰も居ないときの悲愴姿などは、良く米国マンガに出てくる一コマである。
このゲームは屋外なら子供と大人でも、世代・性別に関係なく誰でも楽しめる。道具も要らないし、営利が絡まず、最後まで決着がつかないのがこのゲームの面白さであろう。
■ ゲームの流行の行方
ビートル車は60-70年代のハリウッドの青春映画に必ずといっていいほど登場した定番アイテムであり、このノスタルジアがパンチバギーケームを流行らせた要因だと思える。そして西洋には握手、ハグ、キスなど身体の接触によるスキンシップで人と人とのコミニュケーションをはかる社会背景もある。

ビンテージ・ビートルは昔の青春時代の必須アイテムだった
日本人にとってクルマ社会の歴史はある程度あるものの、このパンチバギーゲームの面白さは全く理解できない。ゲーム罰則の「しっぺ」みたいなものは日本の遊び文化にあるものの、日本で生まれ、日本で育った一般庶民にはパンチバギーゲームの本質を見出せない。相手に触れることなく「御辞儀」する伝統文化の歴史があるからだろう。
一方、中国では80年代始めまで人民服で自転車をこいでいた社会であり、クルマ文化はまだまだ浅い。クルマと言えば1500-1800ccクラスの4枚ドアのセダンが主流で、クーペ・四駆・ワゴンなどといった多様性の時代に到達していない。現に、富裕層はV Wサンタナを運転手付きで乗り回している社会である。こうした環境下でのパンチバギーゲームは西洋人、西洋社会に居た華僑、それをマネてる一部のスノッブな人種だけの都会的ゲームであり、一過性の流行で、13億の人口に飛び火することは絶対ないと思える。
参考:上海大衆、J. Brian McCluskey氏、菊池賢司氏、varedperi web、pagewise web、Herbie the Love Bug