ゆたかな自然にめぐまれた茨城県は、大昔から多くの人々が生活していました。約1,200年前に書かれた「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」という本には、もともと多賀(たが)・久慈(くじ)・那珂(なか)・茨城(いばらき)・新治(にいはり)・筑波(つくば)という6つの国があり、645年にそれらが常陸国(ひたちのくに)になったと書かれています。
その後、江戸時代になると、水戸藩(みとはん)や笠間藩(かさまはん)が置かれ、明治時代になって県が置かれることとなりました。
茨城県が生まれたのは明治4年11月13日で、水戸(みと)・宍戸(ししど)・笠間(かさま)・下館(しもだて)・下妻(しもつま)・松岡(まつおか)の6つの県がひとつになり、県庁は水戸におかれました。またこのとき、新治県と印旛(いんば)県が生まれました。
明治6年6月には印旛県は千葉県の一部となり、明治8年5月には新治県が利根川(とねがわ)の北側を茨城県の一部に、南側が千葉県の一部となりました。また旧印旛県も利根川を境(さかい)に同じようにわけられ、ほぼ今の茨城県のすがたができました。