平将門
将門が生まれたのは現在の常総市
平将門(たいらのまさかど)はときの中央政府に背き、常陸国府(国府は諸国にあった地方統治の中心地)を襲撃した武将だ。もともとは親類の領地争いに巻き込まれたのが発端ともいわれているが、一時は板東(関東)に国を造り上げるほどの勢いがあった。常陸国府を襲撃したのは天慶二年(939年)11月のこと。それ以後後戻りのできない戦いに将門は突入し、最後には中央政府から派遣された藤原秀郷(ふじわらのひでさと)らに討たれて波乱の生涯を終えた。
将門が生まれたのは、現在の常総市にあった豊田館だ。この豊田館跡は現在「将門公苑」となっている。常総市では将門ゆかりの町として「いしげ将門まつり」(8月14〜15日)が行われている。
将門が襲撃した国府は現在の石岡市にあった。石岡市にある「常陸国分寺跡」と「常陸国分尼寺跡」は国史跡に指定さている。尼寺を含めた国分寺は、当時は国家守護の願いを込めて国府に必ず建設された寺だ。
将門が討たれたのは現在の坂東市(岩井)。坂東市には将門の根拠地のひとつであった岩井営所跡がある。また将門をまつる寺が「国王(こくおう)神社」だ。この寺は将門の次女・如蔵尼(にょぞうに)の庵を基に建立された。「木造 平将門坐像」があり、「国王神社本殿」と「国王神社拝殿」は県文化財に指定されている。伝将門の守り本尊を安置しているのが坂東市延命寺。所蔵されている「絹本著色 来迎弥陀三尊像」と「木造 大日如来坐像」は県文化財だ。
坂東市では11月第2日曜日に「将門まつり」を行っている。
同じく将門の霊を弔うために、孫娘の安寿姫が創建したのが土浦市の般若寺だ。この寺の「銅鐘」は国重要文化財となっている。また守谷市海禅寺は将門が創建した寺と伝えられており、将門の影武者をつとめた7人の石塔がある。
関連情報へのリンク
Copyright(c)2004-2010, Ibaraki Prefectural Government. All rights reserved.
