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更新日:2018年3月12日

薬物乱用のおそろしさ

乱用者の告白

大麻乱用の日々を振り返って(20代・女性)

 私は、今回同棲中の彼氏と一緒に大麻を持っていたことで逮捕され、今は公判を待っている身です。逮捕された今となっては自分のしてきたことがとても愚かなことであり、悔やんでも悔やみきれない気持ちでいっぱいです。

 私が大麻と初めて出会ったのは、20歳くらいの頃でした。

 当時、私は、パブスナックでホステスとして働いていたのですが、その時常連客としてきていた男と同僚の女の子2人で男の家に遊びに行ったときのことです。

 最初のうちは皆でお酒を飲みながらカラオケを楽しんでいたのですが、酔いがいい感じにまわってきた頃、男が突然鞄から大麻を取り出し、私達に「吸ってみなよ」と言ってきたのです。

 私は、大麻が法律に触れるものであることは、テレビ等を通して知っていましたし、特に大麻等の薬物に興味も無かったのですが、断ってその場の盛り上がった雰囲気を壊してしまうのが申し訳ないと思ったことと、イメージとして、覚せい剤等と違って自然に存在するものだから体にも大丈夫そうな気がしたので、1回くらいならいいかなという簡単な気持ちで、その男に勧められるがまま、大麻を吸ってみました。

 それまでは大麻も煙草みたいなもので、何か特別ないい気分になることもないだろうと思っていましたが、実際に大麻を吸って暫く時間が経つと、目がチカチカして、部屋の照明がクラブのライトの様にまぶしく感じました。また、流していた音楽も目の前でライブしているような臨場感あふれる音に変わったのです。

 そして、結局、この時1度だけならと思い吸ったのが、日にちが経つにつれ、あのとき大麻を吸って得られた独特の感覚が忘れられなくなり、その後も大麻を吸うようになってしまいました。それから、現在同棲中の彼氏と交際するようになり、最初は大麻を吸っていることを隠していましたが、やがて思い切って大麻を吸っていることを打ち明けると、彼も「実は俺も大麻やってるんだよね」と大麻を吸っていることを言ってきました。

 それ以来、すっかり彼と大麻について意気投合し、毎日のように一緒に大麻を吸うようになり、種子から栽培してみたり、真夜中に自生しているところにまで車で行って大麻を採ったりと、常に大麻がないと落ち着かなくなってしまい、生活が大麻中心になり、どんどん荒んでいきました。テレビで時々大麻の件で逮捕された人たちのニュースが流れ、罪悪感を感じていたものの、もう吸わずには居られないほど大麻に溺れてしまっていたのです。

 しかし、悪いことはできないもので、ある日のこと、突然麻薬取締官が私達の家にやって来て、捜索を受け、大麻を発見されてしまい、2人揃って逮捕されました。

 そして、取調べの途中、面会に来た両親の泣いている姿を見たときに、ほんの軽い気持ちで大麻に手を出してしまったものの、自分は大変なことをしてしまったことに初めて気付きました。また、今回逮捕されたことで2人とも仕事を続けていけるのかわからなくなってしまい、大麻を吸っていたことによって、人生が大きく狂ってしまいました。

 最近はニュースや新聞で若い人が大麻の件で捕まっているのをよく見ます。私と同じように安易な気持ちで手を出してしまったのかもしれませんが、大麻も違法薬物であり、自分の人生だけでなく、周りの人の人生もどん底に突き落としてしまうので、どんなに人に勧められたりしても、きっぱりと「ノー」と言える勇気を持って欲しいと思います。

人生の後悔(29歳・女性)

 私が覚せい剤取締法違反で逮捕されるのは、これで2回目になります。私は1度、覚せい剤使用の罪で逮捕され、執行猶予中の身であったにもかかわらず、再び覚せい剤に手を出してしまい、今回、麻薬取締官に逮捕されたのです。

 幼い頃に両親が離婚し、父親に引き取られた私は、決して裕福とはいえない生活だったこともあり、中学卒業後すぐに働き始めました。しかし、仕事に就いてもなかなか人間関係がうまくいかずに職を転々とする生活で、そんな自分の人生を悲観してリストカットすることもありました。

 そんな悩みを抱えながら生活していたところ、今から2年程前、友達に「嫌なことが忘れられるものがあるよ」と言われました。私は「違法なクスリかもしれない」と感じたものの、「それがどんなものなのか。これで楽になるなら使ってみたい。」という興味と、友達が一緒だという安心感から、軽い気持ちで覚せい剤を使ってしまいました。

 そして、この1回が、私の人生を取り返しのつかないものにしてしまったのです。初めて覚せい剤を使ったときに感じた「目が覚めるような感覚」を求め、覚せい剤を使わせてくれる男性を見つけては体を売り、限られた生活費を、覚せい剤を手に入れるための資金として使うようになりました。その結果、覚せい剤を使用したという事実で1度目の逮捕となったのです。この件では、私の実母が私の面倒をみるという条件で、執行猶予の判決を受けました。

 私は、母に感謝し、「お母さんは、離婚しても娘の私を気にかけてくれるんだ。お母さんを悲しませるようなことはもうやめよう」と、まじめに生活する事を約束しました。しかし、しばらくすると人間関係のストレス等が辛くなった私は、再び覚せい剤を使い、一時の快楽に逃げてしまったのです。1回だけのつもりが、覚せい剤を分けてくれる人を探しては一緒に使うようになり、次第に自分一人でも使うようになりました。その使用頻度もどんどん増えていき、私は覚せい剤を使った時の「現実逃避できる」という効果を求め、ずるずると覚せい剤にはまっていったのです。そして、覚せい剤を使わなければ体がだるくて動かなくなり、仕事にも行かずに引きこもるようになりました。「覚せい剤を辞めなければ」という気持ちと、私を心配してくれる母に対する罪悪感はあったものの、生活の辛さを覚せい剤で紛らわせていました。

 しかし、今思えば、生活や人間関係が辛いなどと言うのは、すべて自分への言い訳で、結局、私は心も体も覚せい剤に蝕まれ、自分の人生を狂わせてしまいました。何より、家族や友人、特に母親に大きな迷惑と心配をかけてしまった事への後悔は、とても言葉では言い表せません。しかし、いくら悔やんだところで、過去をやり直す事はできません。

 今回の逮捕を機に、覚せい剤とはきっぱりと縁を切り、二度と同じ後悔をしないように、これからの人生をしっかりと歩んでいきたいと思います。

母への償い(32歳・男性)

 私が違法な薬物に手を出したのは、23歳の頃、同じ職場の仲のいい先輩に大麻を勧められて吸ってみたのがきっかけでした。

 それまで大麻などの話は聞いた事がありましたが、仲のいい先輩から「大麻はいいものだよ」と勧められ、大麻の効果に興味を持ち、まさか大麻にはまることもないだろう等と本当に軽い気持ちで誘いにのってしまったのです。

 最初こそ大麻の効果を実感できなかったものの、先輩に勧められ繰り返し吸っているうちに、「ほろ酔い状態になり、リラックスできて音楽が良く聞こえる」という効果を実感できるようになりました。そのうち先輩に分けてもらうだけでは物足りなく、毎日でも大麻を使いたいと考えるようになり、いつしか先輩から教えてもらったイラン人の密売人から大麻を自分で買って使うようになったのです。

 ところがこんなことを続けていたら見つからない訳がありません。使い始めて1年が経ったころ、イラン人から大麻を買った直後、警察官に職務質問され逮捕されてしまったのです。この事件で執行猶予付の有罪判決を受けました。その直後、何かと私のことをかばってくれていた母もなくなり、亡くなった母に報いるためにも二度と薬物には手を出さないと一度は誓ったのです。

 その後、3年ほどは仕事に精を出し、薬物とは無縁の生活を送っていたのですが、執行猶予も切れ、以前のことも記憶から遠ざかっていたころ、たまたま大麻を私に勧めた以前の職場の先輩と再会したのです。先輩は未だに大麻を使っているようで、また私に大麻を勧めてきたのです。

 亡くなった母に二度と薬物には手を出さないと誓った私でしたが、執行猶予も切れていた事もあり、またそのころ色々仕事のストレスもたまっていたことから、いとも簡単に誓いを破り、また誘いにのって大麻に手を出してしまいました。しかも今度は大麻だけではすまなかったのです。先輩は覚せい剤にも手を出しており当然のように覚せい剤も私に勧めてきました。誓いを破り再び大麻に手を出してしまった私にとって覚せい剤の誘いを断る事などできる訳もありませんでした。

 そして、覚せい剤の快感にはまっていった私は、以前のように先輩から分けてもらうだけでは物足りなくなり、先輩から紹介された密売人から覚せい剤を買うようになっていました。覚せい剤に溺れた私は仕事も続かず、母が残してくれた財産を切り崩して覚せい剤を買っては使用するという生活を送るようになりました。そのうち、覚せい剤を使う量も増え、最終的には1万円で買った覚せい剤を1日で使い切り、毎日覚せい剤を買わないと追いつかないという状態になっていたのです。

 そしてまた逮捕の時がやってきました。麻薬取締官に令状を見せられた時、逮捕される恐怖よりも、これで覚せい剤から抜けられるという安堵の気持ちが強かったことを覚えています。なぜなら、あれほど私をかばってくれた母に誓ったにもかかわらず、なんと私が逮捕された時に持っていた覚せい剤は、母の形見の腕時計を質入れし、その金で買った覚せい剤だったからです。私は、亡くなった母を裏切り、周囲の人たちを不幸に巻き込みながら覚せい剤に溺れ、自分の意思だけでは引き返せないところまで来ていました。逮捕されてようやく自分のやったことの酷さを思い知ったのです。今度は刑務所にはいることになると思います。刑務所に入っても出所したらまた同じことをしてしまうかもしれません。ですが、私が亡くなった母にしてしまったむごい行為を胸に刻み、歯を食いしばるしかないと今は考えています。

1回ぐらいなら・・・(30歳・男性)

 私が初めて覚せい剤を使ったのは、20歳の時のことでした。地元に友人7、8人と一緒に遊んでいた時に、その中の1人が、覚せい剤を持って来ていて、私達に「これ使うと楽しいよ」等と言って勧めてきたのです。

 私以外の友達は皆、その友人に頼んで覚せい剤を注射してもらっていましたが、私は、覚せい剤を使うと心身共にボロボロになるイメージがあったので、この時は怖くて使えませんでした。

 それから、皆で遊んでいたのですが、覚せい剤を使った友人達は、覚せい剤の効果なのか、皆楽しそうにしており、それを見ているうちに、私は自分だけ置いてけぼりになっている感じがしました。それで、私も覚せい剤を使えば皆と一緒に楽しい時間を過ごせるかと思い、「皆もやってるんだから、一回ぐらいなら大丈夫だろう」という軽い気持ちで、友人に頼んで覚せい剤を注射して貰いました。ただ、この時は、純粋に覚せい剤の効果を気に入ったと言うよりも、中学の時に親や先生に隠れて友達と煙草を吸っている時のような雰囲気が楽しく、その後、1人になった時に罪悪感も感じましたので、覚せい剤はもう使わないようにしようと思いました。

 しかし、その後も覚せい剤を使う友人と遊んでいる時に、友人が覚せい剤を使っているところを目の当たりにすると、私も使いたくなり、ちょくちょく覚せい剤を分けて貰って使うようになってしまい、使い出して半年程経ったころには、完全に覚せい剤の虜になり、自分で覚せい剤を買って使うようになっていました。

 こうして頻繁に使うようになり、1年位経ったころ、部屋の中で人に見張られている幻覚や、その人に「死ね」等と悪口を言われる幻聴を感じるようになってしまいました。幻覚等が現れるようになってから、覚せい剤を止めようと頑張ってみたのですが、幻覚等はおさまるどころか、ひどくなる一方で、結局、私は、幻覚等が原因で仕事を辞めることになり、収入がなくなってからは、覚せい剤を買うために、両親に暴力を振るってお金を無心するようになりました。

 当然、このままではいけないと思い、断薬する為に精神病院に入院等して治療を受けましたが、少し症状が落ち着いてくると、勝手に通院を止めてしまい、再び幻覚等が現れると、それから逃げる為に再び覚せい剤を使ってしまう始末でした。幻覚等から逃げる為に覚せい剤を使う時、私は決まって「次からちゃんと通院するから今回だけ」と自分自身に言い訳をしており、結局、この「今回だけ」の積み重ねが、「毎回」になってしまい、覚せい剤を止められなくなりました。

 そんな時、私は麻薬取締官に逮捕されたのです。逮捕された時は、とてもショックでしたが、今になって思えば、逮捕してもらったことで無理矢理にでも覚せい剤との縁を絶ち切ることができましたので、本当に良かったと思います。逮捕されるまでは、自分自身が精神的に弱いとか強いとか考えたこともなかったのですが、逮捕を機に自分を見つめ直す時間ができ、今更ですが、自分が精神的に弱い人間であることに気付くことができました。

 今は、もう2度と覚せい剤に手を出さないと心に決めていますが、いまだに覚せい剤を使いたいという気持ちがゼロになったわけではなく、今でも幻覚等から逃げたくて、覚せい剤を使いたくなることがあります。

 ただ、自分が精神的に弱い人間だと分かった今だからこそ、1回でも覚せい剤に手を出せば、ズルズルと使い続けてしまうことはよく分かっていますので、過去と同じ過ちを繰り返さないように対処することができます。

 今後、温かく見守ってくれている家族に対して「覚せい剤を止めることができた」と胸を張って言えるように、これからも努力していきたいと思います。

心の弱さ(30代・男性)

 私は、これまでに覚せい剤の事件で数回逮捕されています。そして、逮捕される度に「覚せい剤はこれが最後・・・」「本当に最後・・・」と思うのですが、何故か再び手を出してしまうのでした。そして、ことごとく家族を裏切り続けた結果、家族は私の元から去っていきました。覚せい剤という偽物の快楽のために、家族、友人、仕事などすべてを失い、もう私の周りには何も残っていません。

 なぜこのようになってしまったのかお話しします。捕まった直後は、毎回、家族の顔を思い出し、「覚せい剤はもうこれで最後にしよう」と誓うのです。刑務所を出所する日もその気持ちは変わりありません。しかし、出所して少し時間が経つとなぜか体がうずきだし、再び覚せい剤が欲しくなってしまうのです。その時、私の頭の中では、「強い心」と「弱い心」の葛藤が起きます。「強い心」、つまり快楽を求めずに、家族を大切に思う心。そして「弱い心」、つまり快楽のみを求め、家族を大切にしない心。その2つの心が戦うのですが、悲しいことに結果はいつも弱い心が勝ってしまい、再び覚せい剤に手を出してしまうのでした。なぜこんなに私の心が弱いのか、情けなくて仕方がありません。もしかすると、覚せい剤は、人の「強い心」なでに吸い尽くすのかもしれません。

 また、心の弱い私は、自分の置かれている環境をきれいにすることもできませんでした。出所してしばらくすると、再び覚せい剤密売人が私の前に現れ、「悪魔の粉(覚せい剤)」を目の前でちらつかせ、私の「弱い心」につけこむのです。人が生活をしていく中で、環境というものがいかに大事なのかがよく分かりました。私のような覚せい剤中毒者は、自分の近くに覚せい剤があれば、絶対に覚せい剤を止めることはできないと思います。

 もちろん私自身このような悪い環境を改善したいと思っているのですが、覚せい剤の人脈でできた「しがらみ」は私を強くしばっており、そこから抜け出すことは簡単なことではありません。しがらみが連鎖する「黒い環境」に一度入ってしまうと、そこから抜け出すことはとても難しいことなのです。

 覚せい剤を使うと、悩みや体のだるさが消え、まるで自分が「スーパーマン」になったような気分になります。しかし、そんな快楽はほんの一瞬で、偽物の快楽の向こう側には、気分がとことん落ち込み、体中の血管の中で虫がうごめくといった「地獄の幻覚」が待っています。私がいつも感じる幻覚は、自分の頭の中に多数の人間が現れ、いろいろなことを一斉に話し出し、何が何だか分からなくなってしまう幻覚です。さらに、血管の中を虫が這うという幻覚も起き、その虫を取り出そうと自分で自分の腕を何度も傷つけてしまうのです。私の体には、自分で切り付けた多数の傷跡が残っていますが、それはこれまでの私の人生の「過ち」を示す紛れもない証拠です。私は、これらの傷跡を見るたびに、「なぜ、私は人間をやめてしまったのだろう・・・」と深く反省します。しかし、いくら悔いたところで、離れていってしまった家族や友人は帰ってきません。

 私が書いたこのメッセージを読んでいる人に言いたいことは、「どうか薬物に手を出さないでほしい、薬物に逃げないでほしい」ということです。人は、誰でも何かしらの悩みや疲れを持つ生き物だと思います。そして、誰でも何かに逃げたくなる時がある弱い生き物だと思います。しかし決して薬物にだけは逃げないでください。私のような惨めな思いをする人間が、少しでも減って欲しいと願っています。

息子の涙(28歳・男性)

 私は20代前半から女性相手の水商売を仕事とし、繁華街で生きてきました。夜の街は華やかな一方、不道徳な世界です。水商売仲間には暴力団と関わり、犯罪に手を染めるものも少なくありませんでした。そんな中で私は、自分の店を持つことを目標に、犯罪や暴力団とは一線を置き、日々仕事に励んでいました。20代の半ば、私は知り合いがやっている店の経営を任される機会に恵まれました。私は自分の店を持つという夢を叶えることができました。当時付き合っていた女性と結婚をし、息子も生まれました。息子はお父さんっ子で、可愛くて仕方ありませんでした。幸せの絶頂にありました。

 しかし、次第に、経営にプレッシャーを感じ、ストレスを感じることが増えてきました。店ではお酒を飲めば飲むほどお金になりますので、店長になってからは、これまで以上に頑張らねばとお酒を飲む量も増えました。

 そんな頃、同じ水商売仲間から、「酒に酔わなくなるし、すっきりして気分が良くなるよ」と覚せい剤を渡されたのです。私は「そんな効果があるなら試しに使ってみよう」と軽い気持ちで覚せい剤に手を出してしまいました。この軽い気持ちが、私の人生を狂わせたのです。

 覚せい剤を使うと、体中の毛が逆立ち、体が宙に浮いた感じがして、今までに感じたことのない快感がありました。いくらお酒を飲んでも酔うこともなく、2日間は眠くなりませんでした。試しに使った覚せい剤でしたが、私はこの効果を忘れられず、それからというもの頻繁に覚せい剤を使うようになりました。

 覚せい剤は、その効き目が切れると、どっと疲れが出て体がだるくなります。そのうち私は、その疲れをとる為にまた覚せい剤を使うという悪循環に陥っていきました。生活は荒み、店は店員にまかせっきりで、私自身はギャンブルに明け暮れるようになりました。

 ギャンブルと覚せい剤にお金を使い切り、家に生活費を入れることもしませんでした。些細なことに腹を立て、家族に手を挙げるようなこともありました。覚せい剤の影響からか、家族の迷惑など気にも留めなくなっていたのです。自覚もないまま、覚せい剤に支配された生活になっていました。

 このような生活は、ある日突然終わりました。麻薬取締官に逮捕されたのです。私は数ヶ月間拘置所に拘留され、麻薬取締官からの取り調べを受けました。拘置所での生活や取調は厳しいものでしたが、私は逮捕されたことでやっと覚せい剤をやめることができ、正直ほっとしています。覚せい剤の抜けた頭で考えてみると、今までの自分がいかに馬鹿なことをしてきたかが身に染みました。

 逮捕されて数日後、迷惑をかけっぱなしだったにもかかわらず、家族が面会に来てくれました。息子は幼いため、面会室には入れなかったのですが、面会室の鉄の扉を叩いて「パパ!パパ!」と泣き叫ぶ声が聞こえてきたのです。それを聞いた私は涙が止まらず、二度と子どもにこんな思いをさせまいと誓いました。

 私は更生の機会を与えられ、執行猶予付きの判決で社会に出ることを許されました。私は薬物との関係を断ち切る為に、誘惑の多い水商売とは縁を切り、現在は昼の仕事をしています。二度と過ちを繰り返したくない。ささやかですが平穏な暮らしが、私にとっては最高の幸せなのです。

人生をやり直したいけれど(30代・女性)

 数ヶ月前、私が自宅で覚せい剤を密売用に小分けしていた時、麻薬取締官が突然入ってきて私は逮捕されました。

 「いつかはやめなければならない」と頭の中では分かっていながら、覚せい剤を使い、果ては人に売るようにまでなってしまいました。今回逮捕されたことでやっと覚せい剤をやめることが出来そうです。今は心の底から覚せい剤に手を出したことを反省していて、今後は絶対に覚せい剤に手を出さずにまじめに働いて人生をやり直せる自信があります。しかし、私が社会に復帰できるのがいつなのかまったく分かりません。これから始まる裁判で私が今までに犯してしまった罪が裁かれるのです。

 私が初めて覚せい剤を使ったのは33歳の頃です。私は普通にOLとして働いており、ちょうどその頃友人の紹介で知り合った男性と付き合うようになりました。彼は中古車販売をしていて一見怖そうに見えたのですが、たまに私に見せる優しさに彼のことがどんどん好きになっていきました。

 付き合って一ヶ月近くたったある日、彼氏の家に遊びに行った時に突然彼から「エスがあるんだけどやらない?おかしくなることはないから」と言われ覚せい剤を勧められたのです。私は覚せい剤が違法なものであることは知っていましたので「もし警察にばれたら逮捕されてしまう」と思い、また覚せい剤をやると身体がボロボロになると学校で習って知っていたので身体も心配でした。

 しかし、その時私にとって何よりも大切だったのは付き合っていた彼氏のことで「覚せい剤を使うのを断って彼に嫌われたくないな」との重いからその勧めに応じたのです。すると彼は何処からか覚せい剤が入ったガラスパイプを持ってきて、パイプを下からライターで炙りながら吸い始めました。すると、だんだんと彼の目つきがまるで『獲物を狙う獣のような目』に変わり、それを見た私は「覚せい剤はやっぱりやばいクスリだ」と思って「やっぱり、私は怖いからまた今度にする」と断ろうとしました。

 しかし、既に遅く、彼は「いいから、いいから」と言ってパイプに覚せい剤を入れ用意して私に手渡そうとしました。その時は彼氏に嫌われたくないと言うよりも、彼の目が怖くて拒否したら何をされるか分からないと思い、彼がやっていたようにして覚せい剤を吸いました。すると、目がパッチリした感じがして無性に外に出て走り回りたくなるといった不思議な衝動に駆られましたが、正直「こんなもんなんだ」という程度の効果でした。

 それからは彼氏に勧められた時に覚せい剤を使うだけで、自分では別に覚せい剤にはまったという感覚はありませんでした。しかし、今から思えば彼氏が覚せい剤を勧めてくれるのを心のどこかで待ち望むようになったのも事実です。そのうちに、覚せい剤を使わないと身体がだるくなり、会社を辞めて、覚せい剤がないときは一日中家でゴロゴロするような生活になりました。

 彼はヤクザから覚せい剤を買っていたようで、彼が覚せい剤を買いに行くとき私も何度か一緒についていったことがありました。何度か会ううちに私はその彼と別れ、そのヤクザの人と付き合うようになりました。まさか自分がヤクザと付き合うとは思ってはいませんでしたが、気付くと私の友達はヤクザや薬物中毒者ばかりになっていました。覚せい剤を使う以前、普通に遊んでいた友達はどんどん離れていき、逆に覚せい剤を使っている友達が増え、お互いが持っている覚せい剤を交換したり、覚せい剤をあげたり、もらったりするようになりました。

 ヤクザの彼と同棲するようになって1年ほど経ったある日、彼が一人で街を歩いている途中、警察から職務質問され、ナイフと覚せい剤を持っていたことから逮捕されました。幸か不幸か警察は自宅まで来なかったので、私は逮捕されることなく、捕まった彼に面会に行きました。面会室で彼は、ばれないようにこっそりと、私に「覚せい剤の密売は組のためだから続けて欲しい」と言いました。できるかどうか不安でしたが、覚せい剤のない生活はもう考えることができず、彼のためにもと思い、私は彼の先輩のヤクザに連絡を取り、密売の方法を教えてもらいました。この様にして、普通のOLだった私は覚せい剤の密売人になったのです。

 結局、その数ヶ月後、私も逮捕されてしまいました。取調べの途中、私を逮捕した当日の写真を見せてもらいました。そこに写っている私の目は、私が覚せい剤を使うきっかけになった男と同じ、まさに獲物を狙う獣の目つきでした。二度と覚せい剤に手を出さないためにも、早く社会に戻るためにも、取り調べや裁判ではすべてのことを正直に話し、なるべく早く刑務所を出たいと思います。

 

両親からの相談

 21歳の息子が自分の部屋で大麻を持っているのを見つけました。息子は以前から大麻を吸っていたようで、ある時、大麻を吸って頭がおかしくなったのか、わたしたち家族3人で暮らしていたアパートの居間に灯油をまいて放火し、警察に逮捕されるという事件を引き起こしました。ただ、このときの放火は大麻の影響下の心身耗弱状態で行われたという理由で不起訴となり、医療観察法に基づき、病院に鑑定入院することになりました。

 約半年後、病状が改善、消失したことで退院しました。その後、息子が大麻を吸ったのか、再度大麻精神病による躁状態となったことから、私たちは息子を強制的に入院させ、大麻精神病の治療を受けさせました。

 その後、治療を終え、退院してからは自宅にひきこもって療養生活を送っていました。そして症状が回復するにつれ、次第に息子も家の外に出て働きたくなったようで、水商売の仕事をするようになり、私たちも一安心していました。しかし、その頃から息子の様子が放火で捕まる前のようにおかしくなり、すごい剣幕で「殺すぞ」と脅されたりもしました。今考えると、その頃から再び大麻を吸い始めたのではないかと思います。私は、息子が大麻を使っていると思い、最近息子の部屋を注意して見ていたところ、ポリ袋に入れられた大麻やパイプを見つけたので、息子の直接質したところ大麻であることは認めたのですが、友達から預かったもので友達と連絡が取れないから返すこともできない等といい加減な返答を繰り返すばかりでした。その時の大麻等を写した携帯電話の画像も持ってきました。

 このままでは、いつ息子が放火事件のときのように狂ってしまうかわからず、私たち夫婦の身に危険が及ぶ前に息子を逮捕してもらいたいと思い、こちらに相談に来たわけです。息子が逮捕されることは私たちにとっても辛いことではあります。しかしながら、二度と大麻等に手を出させないようにするためには、息子が捕まるのがいいのではと思ったのです。

このページに関するお問い合わせ

保健福祉部薬務課麻薬

茨城県水戸市笠原町978番6

電話番号:029-301-3388

FAX番号:029-301-3399

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