青木堰の歴史
成立は不明
青木村(現桜川市大和村青木)は江戸時代初期から幕府領で、1708年(宝永5年)旗本川副氏の知行地となりました。青木堰は古くから村の水田を潤してきた重要な施設でしたが、河川が急流であるため増水のたびに流され、多大な改修費を要していました。
知行1500石余の小旗本であった川副氏は、やがて改修ができなくなり、堰は壊れたまま放置されるようになりました。その結果水不足が慢性化し、収穫量は激減しました。
1831年(天保2年)、名主館野勘右衛門以下37名は村の救済を農政家である二宮尊徳に頼みました。尊徳は、1833年(天保4年)、青木村復興事業の一つとして青木堰の建設に着手し、元禄期に比べ工期も短く費用も半分以下に抑えるという他に例を見ない工法により青木堰を完成させました。
現在は、旧堰の跡地に「二宮尊徳先生仕法青木堰の記」という立て札が存在します。
現在の堰は、1998年に旧跡の上流に建設されたものです。

平成10年竣工 大和桜川地区(県営ほ場整備事業)