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更新日:2019年2月18日
「高萩の廃校になった建物を活用して、ドローンの操作技術を学べるスクールができたんです。行ってみませんか」
茨城県庁の職員・岩田さんにそう誘われたのは、2018年の暮れのこと。最初にことわっておくと、ドローンにも高萩にも、それほどの縁がない。「高萩」あるいは「ドローン」単体で誘われてもたぶん気は向かないだろう。けれど、あえてそのふたつの組み合わせで誘われてみると、何かがあるんじゃないかと少し心が躍る。気になってよくよく詳しいことを聞いてみると、その「廃校になった建物」とは、高萩のなかでも筋金入りと言っていいほどの山奥である君田地区にあるという。
「山奥の廃校でドローン」
「山奥の廃校でドローン」
「山奥の廃校でドローン」
試しに三回唱えてみると、特別な響きがしてくる。
君田へ行ってみたい。純粋な気持ちで、そう思った。
*
茨城県高萩市の領域を地図で見ると、アルファベットの“L”のかたちをしているのがわかる。太平洋に接する“L”の横棒の先端を、東京から仙台へとつづく国道6号(茨城人は「ろっこく」と呼ぶ)と常磐道が南北に縦断する。市街地は常磐道の東側に広がっている。一方で、その西側、つまり“L”の縦棒の地域のほとんどは阿武隈山地に覆われている。美しい景勝地である花貫渓谷には訪れたことがあっても、それ以外の目的で高萩の山間部に入ったことははじめてだった。
当日は水戸から常磐自動車道に乗って、ぐんぐん北上。30分ほどで高萩ICを降り、君田地区はそこから山側に入る。途中、小さな集落を経由しながらどんどん登っていく。途中で「この道でよかったのだろうか...」と不安になるけれど大丈夫。基本的には一本道なので、ズンズンのぼっていけばいい。30分ほど経つと...
あった!
「君田小学校」「君田中学校」とある。「廃校」とはこのことだ。
およそ40年前、君田中学校の隣に、ふたつの小学校が統合されて君田小学校が建設された。取材前に、茨城県北の進学校出身の友人はこう話していた。
「ぼくが高校時代に所属していた吹奏楽部のひとつ上の先輩に君田中学校出身者が3人いました。聞いてみると、その年の卒業生が3人。ということは、卒業生がみんなおなじ高校に入学したということ。いちおう、それなりに勉強しているひとが入る高校だったわけです。だから君田のひとには優秀なイメージがあるんですよね」
君田地区は、四方を山に囲まれ、現在の高萩市の中心部からのアクセスも不便。現在の人口は上君田と下君田を合わせて288人・122世帯(平成25年度国勢調査)と過疎化が進む地域だ。高萩といえば炭鉱をイメージするが、調べる限り、君田はその恩恵を直接受けているようには見えない。しかし、この土地には何もなかったわけではない。歴史を紐解くと、旧石器時代には他の地域に先駆けてすでに生活が営まれていた形跡があるという。その後も城館が築かれ、16世紀中頃(戦国時代)には、現在までつづく伝統芸能「下君田のささら」(市指定無形民俗文化財)も始まっている。ここには、なにもないどころか、連綿と続く伝統が存在していた。「優秀さ」はこの伝統と地続きにあるのかもしれない。
校庭の一角にはゲレンデがある。雪が降れば、子どもたちはここでスキーを楽しんだそうだ。
茨城県北の山あいで、長いあいだ時を重ねてきた君田地区であるが、人口減少による過疎化が進み、君田小学校、中学校はともに2017年3月に廃校となってしまった。翌年、その建物は「高萩ユーフィールド」という施設に生まれ変わり、そこに「ドローン エンジニア ラボラトリー」という、ドローンの技術を習得できる認定スクールがテナントとして入ったというわけだ。
ひとまずご挨拶のために、と建物内に入ろうとすると...
...「主役はキミだ!」とある。どういう意味なのだろうか、気になる。
ドローンエンジニアラボラトリー・認定スクールの講師スタッフさんと合流。
「今日は風が強いので高く飛ばせないかもしれませんが、まずはドローンが飛ぶ様子をご覧になられますか」
ぜひお願いします、と伝えた。約2万平方メートルの広大な敷地内をドローンが自由に飛ぶ様子を見ることができたら楽しいに決まっている。
スクールで使用しているドローン。実物を近くで目にするのは初めて。
この日は本当に風が強く、風に弱いドローンを飛ばすにはタイミングが重要。風速計でタイミングをはかる。
充電もオーケー。飛行準備、完了。
風が止むまで、じっと待つ。
風が止んだ。飛ぶか?
飛んだ!
まだ風があるので、ゆっくりと上昇。
!!!
高度10メートルほどまで上昇。今日の風速ではあまりに上がると危険なので、これぐらいが限界。
ゲレンデの脇をスイスイと飛行。しかし、風がまた強くなってきたので航行はこれぐらいに。しかし、「高萩」×「ドローン」の意味が少しわかった気がした。ドローンの操縦、とくに初心者の操縦にはこれぐらい広いスペースがないと不安だ。風が吹けば流されるわけで、そのたびにどこかへ激突して落下してしまうようでは練習にならないのだ。
ドローンの飛行を存分に味わった後、高萩ユーフィールドの施設長さんにお話をうかがった。
「この場所は、日立市に本社を置くイガラシ綜業の100%子会社であり、高萩ユーフィールドの運営会社の茨城航空技術研究所が高萩市からすべて借り受けています。そのことが他のドローンスクールとは一線を画しています。というのも、茨城県内には5校ありますが、他のスクールはドローンの実践的な訓練をするには自治体などから一時的に場所を借りているのです。それに対して、うちは2万平方メートルという広大な敷地を専有スペースとしているので、常時ドローンを飛ばすことができる。それが高萩ユーフィールドの一番のメリットなのです」(施設長)
視聴覚室だった場所はドローンの講義室に生まれ変わっていた。
まず、ドローンを飛ばすには高度な技術が必要だ。飛ばす、降りるだけでなく、安全に航行すること。ここではそのすべてを3日間の講習で学ぶことができるという。ただ、それらを学べる場所をつくることが目的なら、あえて高萩を選ぶ必要はない。重要なのは、スクール事業の先にあるという。
「これからのドローンは、空撮だけにとどまらない多くの役割を担うようになります。例えば、防災です。ドローンにサーモ・センサーをつければ、森林や雪山で行方不明になったひとを探すことができます。そのためには日常的に訓練をする必要もあるし、より高度な技術を磨くためには競技にしたほうがいい。そうすると、競技会を開催できるほどの広大なスペースが必要になってきます。その意味で、高萩ユーフィールドほど最適な場所はほかにありません」(施設長)
防災目的だけでなく、ドローンの活躍の場は他にも増えていくのは間違いない。建物や設備のメンテナンス、宅配などの輸送、測量も担うことになるといわれている。ドローンエンジニアラボラトリーではすでに高萩市と防災協定を結び、スクールの先にある需要を見据えていろいろ企画しているという。また、今年の夏には、親子で参加できるドローン・キャンプを開催する予定だ。操作技術を競い合うことで、楽しみながらスキルを伸ばすことができる。初心者の方も玄人の方も、興味のある人はぜひ足を運んでいただきたい。
高萩ユーフィールドはドローンの認定団体のひとつ一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)の認定校である。いまのところドローンには免許が必要なわけではないが、市街地で飛ばすには国土交通省に申請して許可を得る必要がある。
インタビューを終えたあと、施設を案内してもらった。施設内には、まだこの建物が学校として活躍していたときの様子がそのまま残っている。
校歌は、声に出して読んでいるだけで、不思議とメロディがついて歌になってくる。
廃校になっても、校長先生は子どもたちを見守りつづけている。そういえば校長先生って毎日何をしていたんだろう。
子どもの頃、全校集会の壇上で校長先生から授与されたかった(けどまったくできなかった挫折と羨望の)記憶が蘇ってくる。
この扉の奥にはもう、先生はいない。でも、この扉を前にすると今でも少し緊張する。
廃校の活用事例は全国いたるところにある。シェアオフィスやイベントスペースに活用された場所に訪れたことのあるひとなら共感してくれるはずだが、そういう場所はとても落ち着く。それは学校建築だけあって構造がしっかりしていることも要因だろう。でも、たくさんの子どもたちがここで長い時間を過ごした記憶が校舎内に染み付いていることも、まったく無関係ではないと思う。一時期は小学校1〜6年生、中学校1〜3年制の9学年の複数クラスがここで学んでいたわけだが、今後どのような使い方を予定しているのだろうか。
「ドローンスクールとして使用しているのは事務所と講義室の二部屋だけで、それ以外は、使用していません。今後は大学などの研究機関を誘致することを検討しているので、使用するスペースは多少増えていくかもしれませんが、それでもここにはあまりあるほどの部屋とスペースがあります。ご相談いただければ、ご一緒できることがあるかもしれません。ぜひお声がけください!」(施設長)
高萩ユーフィールドの挑戦はまだ始まったばかりで、具体的なことはこれからだ。ドローンはもちろん、何か新しいことを始めるには面白い場所なのかもしれない。
「主役はキミだ!」
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