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更新日:2020年3月27日

#10 「何かはある」展示レポート|連載:クリエイティブのフィールドワーク

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クリエイティブのフィールドワーク 

関東の最北端。茨城県の北部地域6市町を舞台にした連載『クリエイティブのフィールドワーク』。フィールドワークとは、文字通りフィールドつまりは現地に入り、各々が “ある視点” に基づいて、物事の仔細を見聞き体験し、机上だけでは決して分からない、“視点”と“対象”を結ぶ地脈を全体的に理解しようとする行為。今回の連載では、映像作家である筆者が、いちクリエイターとしての視点から、何に興味が湧き、何に可能性を感じ、何に学びを得たのかを書き残し、茨城県北地域にクリエイティブの火種を見つけていく。

茨城県北地域おこし協力隊で、写真家の松本美枝子(まつもと みえこ)さんが中心となり立ち上げた企画《メゾン・ケンポクの「何かはある」》。メゾン・ケンポクとは常陸太田市の鯨ヶ丘商店街にかつてあった料亭を再活用して生まれた、アートと地域が交差する茨城県北地域のアートステーションのこと。今回メゾン・ケンポクだけでなく常陸太田市内や日立市など複数の箇所で、「みる」「はなす」「きく」「しる」というキーワードをもとに、茨城県の歴史と事象を検証する試みとして、展示やワークショップなどのプログラムが約二ヶ月の期間に渡り開催された。この記事では、「みる」のプログラムに焦点を合わせて、松本さんの展示の様子を中心に、同じく茨城県北地域おこし協力隊であるファッションデザイナーの日坂奈央(ひさか なお)さん、フォトグラファーの山野井咲里(やまのい さり)さんの展示をレポートする。会期の前に、企画の意図や内容をそれぞれにお聞きした記事はこちら〈 「何か」はある!?|連載:クリエイティブのフィールドワーク

松本美枝子「海を拾う」

写真家、松本美枝子さんの展示「海を拾う」は、メイン会場であるcafe miharuの他に、妹島和世さんがデザイン監修をしたJR日立駅の展望イベントホールにも展示物があるということで、まずはそちらに向かう。日立駅に到着し、海を望む展望イベントホールに行くと、透明なアクリルキューブの中に無造作に(?)石が置かれている展示物に出くわす。

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アクリルキューブの中の石は角が取れて丸く、おそらく水辺にあった石であろうことが見て取れるが、これが何かしらの意味を付与されて置かれた石であることは想像できる。用意されたテキストには、この日立の背後にある多賀山地には、日本で最も古い約五億年前のカンブリア紀の地層が広がっており、この石は山地にあるカンブリア紀の地層にある岩石が転石し、川を下り、目の前の海岸まで運ばれたものであることが書かれている。そして、カンブリア紀の地層はいまだ他の地域では発見されておらず、また地層に大量の銅が含まれていたことにより、日立鉱山が開かれ、工業都市である日立を基礎作ったとも言える、とある。今この日立駅になんとなく立っている自分の視点が、急に遠くまで及ぶことに軽く目眩を覚えながら、しばらくぼぉと水平線を眺めていた。

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展示のメイン会場であるcafe miharuは、日立駅から徒歩数分のところにある。七十年近くつづく老舗の料亭、三春の二階がcafe miharuとなっている。この三春/cafe miharuについて、そして三代目女将の渡邊映理子(わたなべ えりこ)さんに関しては、松本さん自身が執筆された記事に詳しい。〈 アーカイブ記事:この町の音は、海の音|海と山の間を歩く 〉ちなみに、この取材時に初めて三春/cafe miharuを訪れたという松本さんは、ここから交流が深まり、今回の作品展示をするまでとなったそうだ。

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赤いブラウスに黒いエプロンが似合う三代目女将の渡邊映理子さんに案内されて階段を上ると、まず松本さんの作品が展示されている部屋がある。日立駅に展示されていたカンブリア紀の石が被写体となった作品が中央に並ぶ。しばし、先ほど見た実際の石と写真の石との性質的な違いは何だろうかと考えさせられる。足元には、山中のカンブリア紀の岩石を捉えた作品があり、開け放たれた窓からは黒々とした瓦越しに海が見えている。カンブリア紀の石があり先に海が見えるという構成は日立駅と同じだ。ただ、写真だけでなく窓のフレームがあることで、被写体のもつ悠久とも言える時間に、空間を与えているように思えた。それは作家、ないしはこの場所が持つ強靭な意思とも言えるのかもしれない。そうやって勝手な解釈をして遊んでいると、この部屋にはもう一つ大きな仕掛けがしてあることに気づく。それが音。海と川の環境音が数分おきに交互に聞こえてくる。緻密にサウンドデザインされているからか、この作品と展示空間に絶妙に溶け込んでいて、良い意味で気づきにくい。写真に捉えられながらも、なお物質的な雰囲気を帯びている五億年前の石があり、海が見えるこの場所で川の音が聞こえてくる。いったい自分は今、どこにいるのだろう。

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奥の部屋に進み、大きなテーブルに五枚のテキストが並んでいる。「隣の街の海辺に、魔女が住んでいるらしい」テキストの冒頭にはこう書かれている。そういえば入り口で手にしたテキストにも、主な登場人物「私」「魔女」「おねえさんたち」「芸術家」とあった。それまでの山と海を繋ぐ壮大なスケールから一転、むくむくと、ある物語が立ち上がってくる。しかも内容を読み進めると、どうやらこの場所、三春/cafe miharuと関係がありそうだ。まるで遠野物語を遠野で読むような妙なワクワクと緊張感が迫ってくる。もしかしたら「魔女」とは...。

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物語のなかでも、石は重要な要素だった。石は「魔女」が海で拾い集めてくる。つまりは日立駅で見た石も、写真に映された石も、このcafe miharuにひっそりと佇む石もすべて「魔女」が海で拾ってきたものなのかもしれない。なるほど、会期前に松本さんが言っていた“科学と非科学が交差する内容”とはこういったことかと気づかされる。一通り小説仕立ての物語を読み終えて、科学と非科学その往来を味わうように、展示空間を何度も行ったり来たりしていると、またしても音が聞こえてくる。今度は人が発する...、鼻歌だ。曲名は出てこないが、おそらく誰もが聞いたことのあるようなメロディに誘われて、それまでぐるぐると働いていた思考が感情の膜のようなもので覆われていく。そんな想定はないと思うが、個人的にはこの感触を持ってしてエンドロールにしたいと思った。

しかしいったいこの展示は何なのだろうか、まちがいなく写真展示の範疇には留まっていないし、美術作品として様々な見方、批評がされるべき展示だろう。個人的には鑑賞後、残響している感触が「何か」であるとしか言えそうにない。しかしそれは確実に、日立という街の見方に解像度を与え、近代的なしがらみに相対性を授け、個人の物語を取り戻すものであると思った。

日坂奈央「夢ちどり」

日坂奈央さんの展示は、前述した茨城県北のアートステーション、メゾン・ケンポクで行われた。日坂さんの活動はとてもユニークだ。日坂さんがこの人と決めた茨城県北地域のおばあちゃんを口説き落とし、インタビューをして、おばあちゃんのための服を自らデザインして作る。また、そのインタビューは『夢ちどり』というZINE(小冊子)にまとめられている。今回の展示では、今まで作ってきた三名のおばあちゃんの服を展示するとともに、おばあちゃんたちの想像上の部屋を出現させた。

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(写真:山野井咲里)

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(写真:山野井咲里)

なぜ制作した服の展示だけではなく、部屋までも表現しようとしたのか。それは、インタビュー時の家や部屋の印象が強かったからと日坂さんは言う。もちろん、実際のおばあちゃんの家や部屋がそのまま再現されているわけではないが、あくまでこれは日坂さんにとってのノンフィクションなおばあゃんの部屋なのだと言う。「展示を観た当の本人たちは、わりと人ごとでしたね」と日坂さんは笑う。でも、とても喜んでくれたそうだ。

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(写真提供:日坂奈央)

地域に暮らすおばあちゃんが対象で、インタビューを介在させ、ZINEという媒体を作る。ここだけ見れば、いわゆるローカルメディアのような取り組みではある。しかし日坂さんの場合は、そこからアーティストとしておばあちゃんの服を作る。服の延長で、部屋も作る。ここに、従来型のローカルメディアでは表現することができない、メタな領域が図らずとも立ち上がってくるような気がしている。とても興味深い方法だと思う。つまりは、個人に対して個人で向き合う。安易に社会性や扱い易い文脈に回収せず、回収するのは日坂さんが感じる“可愛さ”のみ。ある意味でフェアで誠実な向き合い方とも言えるのではないだろうか。今後このプロジェクトが進み、発展していくのが楽しみだ。

山野井咲里「風景が、寄り添う」

山野井咲里さんの展示は、常陸太田市にある蕎麦屋、今日ハ晴レで行われた。新聞で取り上げられたこともあってか、会期中は多くの人が足を運んでくれたそうだ。展示は、山野井さんがここ数年撮りためている小屋の写真に加えて、この土地の風景を収めた写真で構成されている。

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(写真:山野井咲里)

なぜ小屋に惹かれ写真に撮っているのか、はじめはその理由が自分でも分からなかったと山野井さんは言う。でも漠然と何かはあるなと感じていた。小屋が変わらずに風景の中にある安堵感、そこだけ時間が止まったかのように思える不思議な存在感、ある時は物を入れるだけという役割に徹する小屋に諭されたことさえもあった。展示のステイトメントとしてこう綴られたこと以外にも、きっと言葉にできない何かが、山野井さんのやわらかな琴線に触れたのだろう。今回の展示のタイトルにもなっている、「風景が、寄り添う」。キュレーションを務めた松本さんが書かれたテキストにも、心を打つ風景を写真に撮るのではなく、風景が人に寄り添い、それを山野井さんが写真にしたとある。まさにそういうことなんだろうと思う。

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(写真:山野井咲里)

展示を終えて山野井さんは、自分が何かに惹かれて写真にした小屋のある風景が、人々に共有してある記憶の風景ではないかと思うようになったと言う。実際に展示を見た人々が、自分ごとのように写真に収められた風景を見入っていたようだ。今、変わらずにあると思っていた地域の風景は、経済的な開発に加えて、過疎化や高齢化により急速に変わってきている。常陸太田市でも、子どもの頃からあった稲穂が風にそよぐ田園風景が、数年後には大きなショッピングセンターに変わるという計画があると聞いた。はたして、そうしてできあがった風景は、人に寄り添うのだろうか。なにげなくて通り過ぎてしまうような風景を収めた写真が、地域の人たちに問いかけたものは決して小さくなかったと思う。

文・写真   山根晋

 

全十回にわたりお届けしてきた、クリエイティブのフィールドワークと題したこの連載も、これで最後となる。奇しくも、連載の最初と最後に風景について触れることとなった。連載中、さまざまなテーマと取材先に巡り合った。そこで、この地域に関わる一人のクリエイターとしてどう感じたのか、思ったのか。駄文になることは承知で自由に書かせてもらった。取材を通じて学び成長、変化することも多く、約一年前の文章に首を傾げることも少なくない。ただ、通貫しているのは、茨城県北地域に固有(土着とも言えるかもしれない)の何かを見つけてみたいということ。もちろんこれは、僕だけのモチベーションではなく、本プロジェクトの関係者と共有し続けてきたことだと思っている。観念的で使い古されたものだが、グローカルという言葉がある。グローバルでありローカルであること。素晴らしいと思う。しかし、グローバルは黙っていたって、知らず知らずのうちに進行し増大する。それに比べてローカルは黙っていれば、知らず知らずのうちに退化し風化し、いずれは無くなってしまう。それに対して喪失感に嘆くのではなく、郷愁に頼るのではなく、使命感に震えるのではなく、ただローカルにある固有なものを、具体性でもって触れていく。それを記述し、場合によっては作品などのメディアに昇華していく。それをクリエイターとして実践するためのフィールドが、僕にとっての茨城県北地域であったように思う。取材をさせていただいた方々をはじめ、お世話になった方々、関係者の皆様に深く感謝したい。

 

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