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更新日:2021年1月12日
最初の一歩って、勇気がいるものです。
新しい学校や職場で迎える初日も、告白するときも、大事な仕事をお願いするときも。つい力んで空回ったり、足がすくんだりしてしまう。どう振る舞おうか、何を話そうか悩んだあげく、喉元まで出てきた言葉を「やっぱりやめておこう」と引っ込めた経験のある人も少なくないと思います。
今回は、そんな人に読んでもらいたい記事をお届けします。
話を聞いたのは、2020年の4月から本格的に大子町での活動をはじめた県北起業型地域おこし協力隊の和田まりあさん、中村聖さん、増田大和さんです。
3人の移住のきっかけとなったのが、茨城県が主催する「茨城県北ローカルベンチャースクール」。地域で起業したい人を募り、その独立を伴走支援するプログラムです。
起業や独立という選択そのものは、それほど珍しいものではなくなってきているように感じます。ローカルベンチャースクールのような取り組みも出てきているし、メディアで若い起業家やフリーランスの仕事が取り上げられる機会も増えました。
ただ、そうやって光が当たるのは、“何かを成し遂げた人”であることが多いように思います。その成功体験や失敗談から学べることも、もちろんあるのだけど、どこか別の世界の話のように思えてしまう人もいるかもしれません。
今回お会いした3人は、今なお立ち止まったり、つまずいたりしながら、試行錯誤を重ねている段階。でも、だからこそ、一歩踏み出したばかりの等身大の姿に、背中を押される人もいるんじゃないかと思います。
これからどこで、何をしていこうか。
明確な答えはまだないけれど、じわじわと響いてくるような3人の言葉に触れてみてください。
取材日:2020/11/13
※撮影時はマスクを外していただきました。
特産品のりんごや軍鶏(しゃも)、日本三名瀑に数えられる「袋田の滝」などで知られる大子町。
真ん中を久慈川が流れ、山に囲まれた自然豊かな町だ。
その中央に位置する常陸大子駅前には、端まで歩いて5分ほどの商店街がのびている。レトロな町並みは映画の撮影などに使われることもあるという。
昔ながらのお店ばかりかと思えば、新しくスペースがつくられていたり、商店の壁にアート作品が展示してあったり。ところどころに「ん?」と注意をひかれるものが点在していて、どこか非日常的というか、独特な雰囲気が漂っているように感じる。
ときどき足を止めながら商店街を歩いてゆき、今回の待ち合わせ場所である地域おこし協力隊の事務所へ。
扉を開けると、3人の顔が見えると同時に、いい香りが漂ってきた。協力隊の和田さんがコーヒーを淹れてくれていたみたいだ。
和田:最近は忙しくて、気持ちがワサワサしていて。そのワサワサがコーヒーにも出てしまっているんですけど…どうぞ。
ローカルベンチャースクールをきっかけに、大子町に関わりはじめた3人。独立に向けて、それぞれの事業に力を注いでいる。
和田さんが取り組んでいるのは、コーヒーのお店づくり。
和田:町の中と外の人が自然に交わるようなコーヒー焙煎所を構えたいなと思って、活動をはじめたところです。今は細々ながら自分で焙煎した豆を、ご注文があったぶんだけ販売していて。ドリップバッグもつくって、最近はいろんなお店で置いてもらえるようになってきました。あとは「あっちこっちSTAND」っていう名前で、同じく協力隊の中村くんと一緒にポップアップ式のコーヒースタンドをやらせてもらっています。
――4月に移住してこられてから、すでにいろいろと動きはじめているんですね。
そういえば、ランチで立ち寄ったdaigo cafeさんでもドリップバッグを見かけました。イラストもゆるっとしていてかわいいですよね。
和田:ありがとうございます。あれもとりあえず形にしてみようということで、自分で描いていて。お土産用にセットで買ってくださる方も多いみたいです。
――中村さんは、和田さんと一緒にあっちこっちSTANDをはじめたということですが、もともとはどんなテーマで事業を考えていたんですか。
中村:えっと、自分は建築屋さんで。学生のころからずーっと建築のことばかりやってきたんです。いつか独立して自分の仕事をやれるようになりたいっていうのが目標としてあって。
前職の設計事務所をやめるときに、自分のやりたいこととか社会の状況をいろいろ考えたら、新築の仕事じゃないなと。これから求められるのって、空き家の活用とか、そういうことのほうだなと思ったんです。
――たしかに、人口が減っているなかで、空き家問題はさらに加速していますよね。
中村:そういう意味でも、固定のお店を構えずに賑わいを生み出せるあっちこっちSTANDはいいなって。
あとは建物だけじゃなくて、捨てられてしまう古い家具も活用するような仕組みを今考えていて。「家具バンク」っていう形で家具を集めて、価値のあるものはそのまま再利用して、そうじゃないものはちょっとこちらで手を加えて、また新しい価値を与えるような。自分の好きなものづくりで、町と社会に貢献するようなことを考えて実践しています。
そんなおふたりと一緒に活動しているのが、増田さん。みんなからは「団長」と呼ばれている。
増田:高校野球の応援団長をしていたころからのあだ名で。一発で覚えてもらいやすいので、いまだに使わせてもらってます。
――名刺には「まちのこ団」とありますが、具体的にはどんなことを?
増田:いろんな道具を車に積み込んでどこにでも遊びを届け、人々をつなげるプレイバスっていう事業と、この里山環境を遊び尽くす里山まるごとあそび場事業、あとは新しい“あそび”の開発や、ドイツのミュンヘン発祥のまちづくりイベントを仕掛けたりとか。子どもと自然と遊びをテーマに活動しています。
――プレイバスは、自分から出向いていって場をひらくという意味であっちこっちSTANDと通じるところがありますね。そういう形がこの町に合っているのかな。
増田:ドアtoドアの車移動が当たり前ですからね。遊び場がないっていうのは都市部の課題だと思っていたんですけど、地方も抱えているものなんだなと。
――遊びや自然、子どもに関わることというのは、以前から増田さんのテーマとしてあったんですか。
増田:そうですね。大学時代から学内外で子どもキャンプの引率や防災イベントをしつつ、大学が東京の神田っていうところにあって、街の再開発のプロジェクトにも取り組んでいました。いろんな仕組みができあがっているなかで、若者や子どもの視点、エネルギーをうまく活かせば、街が面白い方向に変わっていくことを実感していて。
もともと茨城出身で、2019年のローカルベンチャースクールが開かれるタイミングで、戻ってくる決意をしました。30歳になる前に、何かひとつ挑戦してみたいという想いもあって。
コーヒー、建築、遊び。三者三様の想いを抱えてやってきた3人。
和田さんはつくば市、増田さんはひたちなか市と、茨城出身ではあるものの、県北地域にはあまり馴染みがなかった。中村さんはローカルベンチャースクールに参加するまで、茨城県に来たことがなかったという。
知らない土地に移住して事業をはじめるのって、どんな感覚なんだろう。ちょっと想像がつかないので、聞いてみた。
中村:ぼくはまったく縁のない町だったんですけど、大子町の風景が最初から好きで。はじめて来たのが、ちょうど今みたいな紅葉の時期だったんです。川も好きなので、ここいいなあって。
――親しみのある風景だった。
中村:もちろん風景だけじゃなくて、町の人もすごく、何かやりたい人に対してバックアップしてくれる人が本当に多くて。役場の方も、NPOの方もそうだし、地域の人たちもみんなそういう雰囲気で。
増田:人のつながりで話が進んでいくことは多いよね。
ぼくも今、商店街に子どもたちが集まれるコミュニティスペースをつくろうとしていて。そこは、地域のおっちゃんが「うちの店半分使いなよ」って貸してくれることになったんです。
和田:それでいうと、あっちこっちSTANDでも同じようなことがあって。
移動先で出店するのに、何かユニークな形でやりたくて、リヤカーとか屋台がほしいなと思っていたんですね。でも買うには高いし、つくるには時間も技術もいる…
前にそんなことをチラッと話した大子のNPOの方が、それを覚えていてくれて、「三輪リヤカーを譲りたいって言ってる人がいる」って話を持ってきてくれて。
――おお!
和田:すぐに連絡して。水戸でチョコテリーヌ専門店をやっている「のんびりくらし」さんってご夫婦なんですけど、もともとイベント出店がメインだったところ、お客さんもついてきたので、リヤカーを手放そうっていうことで。会いに行ったらその場で譲ってもらえて、なんならリヤカーを運ぶ軽バンまでセットでもらっちゃったんです(笑)。
――“田舎あるある”として、「玄関に野菜が置いてある」というような話はよく聞きますが、「お店の半分」に「三輪リヤカー」、「軽バン」まで。すごいなあ…。
中村:もちろん、のんびりくらしさんも誰にでも譲ろうってわけじゃなく、これから新しく何かはじめる人を応援したいって気持ちで、もらい手を探していて。それを、うちらに託されて。
和田:その責任は感じますよね。
(写真提供:和田まりあさん)
――お話を聞いていると、みなさんうまく事が運んでいるように思えるんです。それぞれの事業もちゃんと動きはじめているし、人の縁やバックアップもある。運みたいなものも、味方しているような気がします。
でも一方で、うまくいかないことや、葛藤することも当然あるだろうなと思っていて。そのあたりの話も、よければ聞いてみたいです。
和田:順風満帆なわけではないですね。すぐマイナス思考になったり、不安になったり、焦ったり。そんなふうに30年近くやってきた自分を変えたいと思ってここに来たけれど、やっぱり大変といえば大変です。日々、自分との闘いなので。
わたし、たいていのことは三日坊主で、長く続けられなくて。でもコーヒーだけはずっと好きで、めんどくさくても焙煎やりたいって思うんですよ。だから貫いていきたいと思っていて。
(写真提供:和田まりあさん)
――コーヒーだから、がんばれる。
和田:置かれている環境も恵まれているなって思います。たとえば都内でコーヒースタンドをやりたいって思っても、すでに競合がいっぱいいて、そのなかでどう差別化していくかってすごくハードルが高い。会社に勤めながら副業ではじめる自信はないし、独立するなんて想像もできませんでした。
それが今できているのは、大子町で協力隊っていう制度が定着していて、町の人たちも楽しんで応援してくれるからだと思います。いまだに悩みながらですし、イケイケゴーゴーじゃないんですけどね。今日、こうやってお話しする機会をもらっていろいろ思い出してみたら、楽しいことやってるなって思えました。
中村:よかったねえ。
和田:ねえ。忘れちゃいけないなって、再認識できたので。ありがとうございます。
――いえいえ、そんな。こちらこそ。
和田:そんなところで、団長にパスしよう。
増田:あ、はい。
これはぼくらの世代なのか、“ぼくが”なのかわからないんですけど、正解がないとどうしても不安になるんですよ。答えがあって当たり前の教育を受けてきているので。
――それはきっと、どんな人でも怖いんじゃないですかね。公式に当てはめるみたいに解決できることなんてないけれど、そうしたくなる気持ちは、誰しも持っている気がします。
増田:ぼくが行動し続けるのも、足を止めたら自分が崩れ去ってしまうような、ある意味脅迫観念に囚われているようなところがあって。
なぜ遊びが大事かって、そこだと思うんです。
――どういうことでしょう?
増田:遊びって、大人から見れば無駄なことばかりなんですよ。遊ぶよりも勉強しなさいとか、習い事のほうが身になるって思いがちなんですけど。
たとえば工作してみたり、かけっこしたり、生き物捕まえたり。いろんな遊びを体験すると、自分の好き嫌いや得意不得意が見つかっていくんです。正解を求めるんじゃなくて、自分のなかに答えを見つけていく時間。そういう一見無駄な時間って、実は大人にも必要なんじゃないかなと最近は思っていて。
(写真提供:増田大和さん)
――何が心地いいか、自分に合っているかって、たしかに遊んでいるうちにわかってくることのほうが多いかも。
増田:大きい壁だと思ってたものが、実は障子紙ぐらいの厚さしかなかった、みたいに気づくこともありますよね。
――ああ…! ありますね。
増田:つい頭で大きく考えちゃうんだけど、体を動かしたら大したことないってわかる。
実際に障子破ったことあります? 一歩踏み出したときの感覚って、あれにすごく似てるなって思うんです。やっちゃったけど大丈夫かなっていうような感覚と、破ってやったぜっていう爽快感と。
ぼくらの世代って、「自分にはできない」「ああ無理…」みたいに思っている人が多くて。障子紙はこう、指に唾つけてぺってやれば破けるんだけど、わたしなんかが唾つけていいのかなっていうようなね。よく言えば慎重、悪く言えば臆病なんじゃないかなあ。
――そうなのかもしれませんね。
同じような意味の「案ずるより産むが易し」ってことわざもありますけど、個人的には今の喩えがとてもしっくりきました。その向こう側が見たいと思ったら、誰かに怒られるとしても、破くしかない。
みなさんにとっては、そのきっかけとなったのがローカルベンチャースクールだったと。
増田:破ったと思っても、また目の前に次の障子が現れるんですけどね(笑)。その繰り返しです。
――中村さんは、どうですか?
中村:じつは、あまり障子を破ってるような感覚はなくて。悩むこともあまりないんですよね。なんか、できると思っちゃうから。
――障子戸があったら、横にスライドするような(笑)。
増田:ここは結構対照的かもね。自己肯定感が超強いタイプ(中村さん)と、なさすぎるタイプ(増田さん)と(笑)。
中村:今の社会的にも自由度がすごくあると思っていて。どこでも働けるようになってきて、起業もしやすくなって、副業なんかもできたりして。“こうじゃなきゃいけない”っていう縛りは緩くなってきてると思うんですよね。
だから、協力隊やりながら自分のやりたいことを形にするっていうのもひとつだし、副業で進めていくのもいいかもしれないし。ぼく自身、今のこの環境は本当に恵まれているし、やりたいことを優先できているなあと思いながら活動しています。
一歩踏み出すタイミングは、日常のさまざまな場面にあります。そして、踏み出し方も人それぞれです。
起業や移住が正解ではないし、一歩踏み出さなくていいことだってある。でも、今の自分を変えたい、何かはじめたいと思ったときに、どんな人でも思いきり挑戦できる社会であったらいいな、と思います。
茨城県にはローカルベンチャースクールのほかにも、最初の一歩のきっかけになるような取り組みがいくつか存在しています。気になった方はぜひチェックしてみてください。
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文・写真 中川晃輔(一部、和田まりあさん、増田大和さん提供)
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