○児童懲戒権の限界の解釈について
昭和24年2月19日
茨城県教育委員会教育長通牒
各高等学校長
各出張所長
標記のこと文部省学校教育局長より別紙写の如く「児童懲戒権の限界について」法務庁法務調査意見長官兼子一の解釈に接した旨通牒があつたので体罰問題が教育上大きな関心事である今日十分に研究理解につとめかかる不詳事の起らぬよう貴管下各校教職員に正確に示達願いたい。
/法務庁/調査2/発第18号
昭和23年12月22日
法務庁法務調査意見長官 兼子 一
国家地方警察本部長官 斎藤昇殿
写送付先 厚生省社会局,文部省学校教育局
児童懲戒権の限界について
本年6月16日附及び7月27日附別紙高知県警察隊長の照会に対し当職は次のとおり意見を回答するから同警察隊長に伝達方取り計られたい。
第1問
学校教育法第11条にいわゆる「体罰」の意義如何たとえば放課後学童を教室内に残留させることは「体罰」に該当するか又それは刑法上の監禁罪を構成するか
回答
1 学校教育法第11条にいう「体罰」とは懲戒の内容が身体的性質のものである場合を意味する。
即ち
(1)身体に対する侵害を内容とする懲戒―なぐる。ける。の類がこれに該当することはいうまでもないが更に
(2)被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒も亦これに該当する。
例えば端座。直立等特定の姿勢を長時間にわたつて保持させるというような懲戒は体罰の一種と解せられなければならない。
2 しかし特定の場合が上記の(2)の意味の「体罰」に該当するかどうかに機械的に判定することはできない。たとえば同じ時間直立させるにしても,教室内の場合と炎天下又は寒風中の場合とでは被罰者の身体に対する影響が全くちがうからである。それ故に当該児童の年齢健康場所的及び時間的環境等種々の条件を考え合せて肉体的苦痛の有無を判定しなければならない。
3 放課後教室に残留させることは,前記1の定義からいつて,通常「体罰」には該当しない。ただし用便のためにも室外に出ることを許さないとか食事時間をすぎて長く留めおくとかいうことがあれば肉体的苦痛を生じさせるから体罰に該当するであろう。
4 上記の教室に残留させる行為は肉体的苦痛を生じさせない場合であつても,刑法の監禁罪の構成要件を充足するか,合理的な限度をこえない範囲内の行為ならば正当な懲戒権の行使として刑法第35条により違法性が阻却され,犯罪は成立しない。合理的な限度をこえてこのような懲戒を行えば監禁罪の成立をまぬかれない。
次に然らば上記の合理的な限度とは具体的にどの程度を意味するのか,という問題になるとあらかじめ一般的な標準を立てることは困難である。
個々の具体的な場合に当該の非行が性質非行者の性行および年齢留めおいた時間の長さ等一切の条件を綜合的に考察して通常の理性をそなえた者が当該の行為をもつて懲戒権の合理的な行使と判断するであろうか否かを標準として決定する外はない。
第2問
授業に遅刻した学童に対する懲戒としてある時間内この者を教室に入らせないことは許されるか。
回答
義務教育においては,児童に授業を受けさせないという処置は懲戒の方法としてはこれを採ることは許されないと解釈すべきである。
学校教育法第26条,第40条には小中学校の監理機関が児童の保護者に対して児童の出席停止を命じ得る場合が規定されているがそれは当該の児童に対する懲戒の意味においてではなく他の児童に対する健康上又は教育上の悪い影響を防ぐ意味に於いて認められているにすぎない。故に遅刻児童についてもこれに対する懲戒の手段としてたとえ短時間でもこの者に授業をうけさせないという処置は許されない。
第3問
授業中学習を怠り,又は喧騒その他ほかの児童の妨げになるような行為をした学童をある時間内,教室外に退去させまたは椅子から起立させておくことは許されるか。
回答
1 児童を教室外に退去せしめる行為については,第2問の回答に記したところと同様懲戒の手段としてかかる方法をとることは許されないと解すべきである。ただし児童が喧騒その他の行為によりほかの学習に妨げをするような場合,他の方法によつてこれを制止ししない時に懲戒の意味に於いてではなく教室の秩序を維持し外の一般児童の学習上の妨害を排除する意味でそうした行為のやむまでの間教師が当該児童を教室外に退去せしめることは許される。児童を起立せしめることは,それが第1問回答1の(2)及び2の意味で「体罰」に該当しない限り懲戒権の範囲内の行為として適法である。
第4問
第5問
ある学童が学校の施設もしくは備品又は学友の所有にかかる物品を盗み又はこわした場合にはこれに対する懲戒としてこの者を放課後学校に留めおくことは許されるか。
回答
盗取毀損等の行為は刑法上の犯罪にも該当し従つて刑罰の対象となり得べき行為でもあるが同時にまた懲戒の対象となり得べき行為でもある。刑罰はもちろん私人がこれを課することは出来ないが懲戒を行うことは懲戒権者の権限に属する。故に懲戒のために所問のごとき処置をとることは懲戒権の範囲を逸脱しない限りさしつかえなくこれに就ては第1問回答の3,4と同様に解してよい。
第6問
第4,5問のような事故があつた場合に誰がしたのかをしらべ出すために容疑者及び関係者たる学童を教職員が訊問することは許されるか,又その為に放課後これ等の者を学校に留めおくことは許されるか。
回答
1 所問のような学校内の秩序を破壊する行為があつた場合はこれをそのまま見のがすことなく行為者を探し出してこれに適度の制裁を課することにより本人並に他の学童を戒めてその道徳心の向上を期することはそれ自体教育活動の一部であり従つて合理的な範囲内に於ては当然教師がこれを行う権限を有している。従つて教師は所問のような訊問を行つてもさしつかえない。ただし訊問にあたつて威力を用いたり,自白や供述を強制したりしてはならない。そのような行為は強制捜査権を有する司法機関にさえも禁止されているのであり(憲法第38条第1項第36条参照)いわんや教職員にとつてそのような行為が許されると解すべき根拠はないからである。
2 上記のような訊問のために放課後児童を学校に留めることは,それが非行者乃至非行の内容を明らかにするために必要であるかぎり合理的な範囲内において許される。尤もこれは懲戒権の行使としてではなく,前記の如き教育上の目的及び秩序維持の目的を達成する手段として許されるのである。どの位の時間の留めおきが許されるかは,第1問回答の4に準じて考えられるべきである。
第7問
学童に対する懲戒の方法としてその者に対して学校当番を特に多く割当てることはどうか。
回答
懲戒として学校当番を多く割当てることはさしつかえない。ただしこの場合には懲戒権の行使としての合理的な限度をこえてはならないのであつて,その限度をこえて不当な差別待遇又は児童の酷使にわたるようなことはもちろん許されない。
第8問
遅刻児童を防止するため,遅刻者を出した部落等の区域内の学童に誘い合わせの上隊伍を組んで登校することを命じることは許されるか。
回答
遅刻防止のため一定の区域内の児童に対し,誘い合わせて一諸に登校するように指示することはさしつかえない。尤も軍事教練的色彩をおびないように注意すべきである。
(昭和20年12月26日発体100号文部省体育局長発通牒「学校体練科関係事項ノ処理徹底ニ関スル件」参照)