○茨城県食と農を守るための条例
令和6年3月29日
茨城県条例第54号
茨城県食と農を守るための条例をここに公布する。
茨城県食と農を守るための条例
近年、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめとした国際情勢の変化や、世界的な人口増加等に伴う食料需要の増大、飢餓の深刻化、自国優先による輸出制限、地球温暖化等の気候変動による災害の頻発化及び激甚化などにより、食料の安定的な確保が脅かされている。特に、世界的にも食料自給率が低い我が国は、地政学的な条件の下で、国際流通から孤立する懸念があり、安価で安定的な食料の確保が困難になりつつある。加えて、我が国の農畜産業は、就農者の高齢化及び減少並びに輸入飼料、肥料等の高騰により、存続の危機に直面している。
私たちは、いま、平時のみならず不測時においても、国民一人ひとりに命を支える食料を安定的に供給する、いわゆる食料安全保障の重要性を改めて認識したところである。
このような中、全国有数の農業産出額を誇り、首都圏人口の食を支える農業大県である本県は、これまで以上に、国民、県民のための食料を安定的に供給する大きな使命があると考える。
そのためには、多様な担い手を確保し、育成するとともに、農地の集積や集約化、先端的な情報通信技術を駆使したスマート農業の導入などによる効率的で生産性の高い持続可能な農業経営を確立することが不可欠である。また、SDGs(持続可能な開発目標)の視点においても、食料の生産供給や、農業の有する多面的機能を考慮した、活力ある農業と豊かな農村社会の実現に取り組まなければならない。
ここに私たちは、食料安全保障の観点から、食料と農業及び農村の重要性を県民と共有し、平時からも安全で安心な食料を国民、県民に安定的に供給するための施策を一層強化するとともに、本県農業及び農村の持続的な発展を図る方策を講ずるため、この条例を制定する。
(目的)
第1条 この条例は、我が国において食料安全保障の達成が重要な課題となっているとの認識の下、本県における食料と農業及び農村に関する基本理念その他の基本となる事項を定め、県の責務、市町村との連携等並びに農業者、農業関係団体、食品関連事業者及び県民の役割について明らかにすることにより、これらに関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって本県農業及び農村の持続的な発展並びに県民の豊かな食生活の実現に寄与することを目的とする。
(基本理念)
第2条 食料は、主食となる米、麦等の重要性を踏まえつつ、県民がいかなる時でも健康な生活を送ることができるよう、多様化する需要に即した生産並びに安全及び安心が確保され、かつ、食料自給率の向上が図られることにより、将来にわたって安定的に供給されなければならない。
2 農業は、人間の生命の維持に欠くことができない食料を生み出す重要なものであることに鑑み、環境との調和に配慮して進められるとともに、生産基盤の強化、担い手の確保並びに地域の特性に応じた生産性及び収益性の高い安定した経営により、その持続的な発展及び強靱化が図られなければならない。
3 農村は、農業の持続的な発展の基盤としての役割を果たしていることに鑑み、農業の有する食料の供給の機能及び多面的機能(県土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農畜産物の供給の機能以外の多面にわたる機能をいう。以下同じ。)が適切かつ十分に発揮されるよう、生産基盤及び生活環境の整備その他の福祉の向上により、その振興が図られなければならない。
(県の責務)
第3条 県は、前条に定める基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、食料と農業及び農村に関する総合的かつ計画的な施策を策定し、及び実施する責務を有する。
2 県は、前項に規定する施策を策定し、及び実施するに当たっては、国、市町村、農業者、農業関係団体及び食品関連事業者その他関連事業者との連携に努めるものとする。
(市町村との連携等)
第4条 県は、市町村が実施する食料と農業及び農村に関する施策との整合を図るため、市町村と情報交換を行う等緊密に連携するとともに、助言その他の必要な支援を行うよう努めるものとする。
(農業者の役割)
第5条 農業者は、自らが安全で安心かつ良質な農畜産物の安定的な生産及び供給並びに活力ある農村づくりの主体であることを認識し、基本理念の実現に主体的に取り組むよう努めるものとする。
(農業関係団体の役割)
第6条 農業関係団体は、基本理念にのっとり、農業及び農村の振興を図り、自らの機能の強化に努めるとともに、農業者の経営の安定及び生産の支援、農畜産物の販路の拡大並びに食品関連事業者その他関連事業者との連携に努めるものとする。
(食品関連事業者の役割)
第7条 食品関連事業者は、基本理念にのっとり、消費者に対する正確な情報の提供、安全で安心かつ良質な食品の安定的な供給、農業者との連携を通じた食品流通の合理化、農畜産物の有効利用及び消費拡大等に努めるものとする。
(県民の役割)
第8条 県民は、基本理念にのっとり、農業及び農村の有する食料その他の農畜産物の供給の機能及び多面的機能の重要性についての理解を深め、地産地消(地域で生産された農畜産物をその地域で消費することによって、農業者と消費者とを結び付けることをいう。以下同じ。)等の取組を通じて農業及び農村を支援するとともに、県が行う食料と農業及び農村に関する施策に協力するよう努めるものとする。
(農畜産物の安定供給の実現)
第9条 県は、全国有数の農業大県として、安全で安心かつ良質な農畜産物の安定的な供給を実現するため、海外に依存する肥料、飼料等の生産資材の国内資源への代替をはじめとする国際情勢の変化に左右されにくい農業構造への転換、需要に応じた農畜産物の生産体制の強化、農業生産工程管理(GAP)の取組の推進等に必要な施策を講ずるものとする。
(環境との調和に配慮した持続可能な農業の推進)
第10条 県は、国が定めるみどりの食料システム戦略に基づく取組を基本としつつ、環境との調和に配慮し、農業に由来する環境への負荷の低減を図るとともに、地域の資源を有効に活用した持続可能な農業を推進するため、次に掲げる施策その他必要な施策を講ずるものとする。
(1) 有機農業(化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。以下同じ。)の推進に関する施策
(2) 耕畜連携(米、野菜等を生産する者と畜産物を生産する者とが連携し、稲わら、堆肥等の資源を相互に有効活用する取組をいう。)による資源循環型農業の推進並びに堆肥の広域流通及び化学肥料の使用量の削減等の促進に関する施策
(3) 農業に由来する廃プラスチック類に係る資源循環の促進及び排出の抑制に関する施策
(4) 農産物の栽培における化学農薬のみに依存しない総合的な病害虫の管理体系の確立及び普及に関する施策
(5) 施設園芸及び農業機械の省エネルギー化等による温室効果ガスの排出量の削減並びに太陽光、風力、水力その他の再生可能エネルギーの活用等による地域の農業におけるエネルギー自給率の向上に関する施策
(農地の適正かつ有効な利用等)
第11条 県は、農地の確保及び有効利用を図るため、農業における農地の適正な利用に配慮しつつ、農地の集積及び集約化、遊休農地の利用の促進及び発生の防止等に必要な施策を講ずるものとする。
(生産基盤の総合的な整備等)
第12条 県は、農業の生産性の向上、農畜産物の生産の安定並びに農業及び農村の有する多面的機能の適切かつ十分な発揮を図るため、農地、農業用用排水施設、ため池、農道等の生産基盤の総合的かつ計画的な整備、保全、強靱化等に必要な施策を講ずるものとする。
(水田農業に対する支援の強化等)
第13条 県は、主食となる食料の供給に欠くことができない水田の維持及び有効活用を図るため、米、麦、大豆等並びに野菜その他の園芸作物及び飼料作物等の生産及び品質の確保のための支援の強化等に必要な施策を講ずるものとする。
(多様な担い手の確保及び育成)
第14条 県は、農業者が減少している状況に鑑み、多様な担い手の確保及び育成を図るため、経営規模の大小等にかかわらず、意欲ある農業者、集落営農組織(集落を基礎とした農業者の生産組織をいう。)、新たに農業に就業しようとする者等に対し、生産技術の習得及び向上、経営管理能力の向上、経営の法人化等に係る支援等に必要な施策を講ずるものとする。
2 前項に規定するもののほか、県は、地域の農業を先導し農業の振興の核となる若年農業者を確保及び育成するため、農業に関する学科を置く県立の高等学校、茨城県立農業大学校等において、専門的かつ高度な技術の習得及び活用のための学習の機会の提供等を行うとともに、農福連携(障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組のことをいう。)の促進を含め、農業経営における労働力の確保等に必要な施策を講ずるものとする。
(女性の参画等の促進)
第15条 県は、女性の農業経営及び地域活動への参画、連携の促進のための環境の整備等に必要な施策を講ずるものとする。
(意欲ある農業者等による営農指導の実施)
第16条 県は、地域の農業において、経験豊かな意欲ある農業者等が培ってきた知識及び技術を生かして営農指導を行うことができるよう、環境の整備等に必要な施策を講ずるものとする。
(農業経営の安定)
第17条 県は、農業経営の安定を図るため、農業者自らが行う経営の健全化のための取組の支援を行うとともに、農業者に対する相談体制の強化、農畜産物の適正な価格形成及び農業保険等への加入の促進等に必要な施策を講ずるものとする。
2 前項に規定するもののほか、県は、経営規模の拡大を図る農業者の継続的かつ安定的な経営に資するよう、農業経営の改善への支援等に必要な施策を講ずるものとする。
(生産性の向上等による収益性の高い農業の推進)
第18条 県は、生産性の向上等による収益性の高い農業を推進するため、次に掲げる施策その他必要な施策を講ずるものとする。
(1) スマート農業(ロボット技術、人工知能、情報通信技術等の先端技術を活用する農業をいう。)等のデジタルトランスフォーメーション(デジタル技術の活用による農業の変革をいう。)の推進に関する施策
(2) 消費者等の需要に応じた生産体制の構築、物流の効率化及び省力化に向けた出荷体制の整備並びに農畜産物の輸出の促進等国内外への販路の拡大に関する施策
(3) 米、麦等その他の農畜産物を活用した新たな商品の開発、製造等による付加価値の向上に関する施策
(4) 食品関連事業者等との連携の強化及び加工分野の取組に関する施策
(農業技術の向上等)
第19条 県は、農畜産物の高品質化、生産に要する費用の低減、気候変動への適応等を目的とした農業技術の向上を図るため、国、大学、民間等との共同研究及び営農現場と連携した試験研究を行うことによる本県農業の課題の解決に寄与する新技術及び新品種の開発並びに普及を促進するとともに、研究者及び技術者の確保並びに育成等に必要な施策を講ずるものとする。
2 前項に規定するもののほか、県は、平時においても食料安全保障に資するよう、備荒作物(天候その他の事由により供給すべき食料に不足が生じた場合に備えるために栽培する作物のことをいう。)等の栽培方法等に係る試験研究、活用等に努めるものとする。
(農村及び中山間地域等の総合的な振興)
第20条 県は、農村及び中山間地域等(山間地及びその周辺の地域その他の地勢等の地理的条件が悪く、農業の生産条件が不利な地域をいう。)の総合的な振興を図るとともに、農村の有する多面的機能が発揮されるよう、生産基盤及び生活環境の整備等による地域コミュニティの維持に必要な施策を講ずるものとする。
(鳥獣による被害の防除)
第21条 県は、農業及び農村の持続的な発展を図るため、有害鳥獣の個体数を減らすための捕獲、鳥獣による被害を防除するための体制づくり等に必要な施策を講ずるものとする。
(自然災害等による被害の防止及び復旧支援等)
第22条 県は、頻発化及び激甚化する自然災害並びに家畜伝染病等による農畜産物等への被害の防止及び軽減に資するよう、生産基盤の強靭化を図るとともに、被害を受けた農地及び農業用施設の復旧並びに農業制度資金等の活用をはじめとする被害を受けた農業者の経営の再建に対する支援等に必要な施策を講ずるものとする。
2 前項に規定するもののほか、県は、農業者等における事業継続計画(災害が発生し、又は発生するおそれがある場合における事業の継続又は早期の復旧のための計画をいう。)の策定を促進するための普及啓発等に努めるものとする。
(地域内の農業者と消費者との循環型ネットワークづくり)
第23条 県は、食料安全保障の観点並びに農業及び農村の有する多面的機能を基に、地域内の消費者が地域における安全で安心かつ良質な食料生産の価値を評価し、食料の購入や生産への協力等により農業者を支える地域内循環型のネットワークの実現に向けた県民意識の醸成に努めるものとする。
(県産農畜産物の利用の促進等)
第24条 県は、地産地消に関する県民の理解を深めるため、有機農業により生産された農産物その他の安全で安心かつ良質な県産農畜産物の学校給食等における利用の促進、消費の拡大等に努めるものとする。
(食育を通じた県民と農業者等との相互理解の促進等)
第25条 県は、県民と農業者等との相互理解の促進を図るため、イベントの開催のほか、家庭、学校、保育所等、地域その他の様々な場所において、地域の特性を生かした食育(食育基本法(平成17年法律第63号)に規定する食育をいう。)の推進に関する活動が展開されるよう、推進組織の育成、人材の確保等に必要な施策を講ずるものとする。
2 県は、県民と農業者等との交流の促進を図るため、県産農畜産物の生産、加工及び流通の各段階において、県民に対する学習機会の確保、体験活動の促進等に必要な施策を講ずるものとする。
3 県は、生産、製造、販売、消費等の各段階において日常的に食品が廃棄され、大量の食品ロスが発生している状況に鑑み、食品関連事業者等と連携し、食品ロスの削減に係る県民意識の醸成に努めるものとする。
(年次報告)
第26条 知事は、毎年度、この条例に基づく食料と農業及び農村に関して講じた施策の実施状況及び成果を取りまとめ、議会に報告するとともに、これを公表するものとする。
(推進体制の整備)
第27条 県は、この条例に基づく食料と農業及び農村に関する施策を総合的かつ効果的に進めるため、推進組織の設置その他必要な体制を整備するよう努めるものとする。
(財政上の措置)
第28条 県は、この条例に基づく食料と農業及び農村に関する施策を実施するため、必要な財政上の措置を講ずるよう努めるものとする。
付則
この条例は、公布の日から施行する。